今の世界を見渡しますと、ある程度先進国と言われている国では、幼年から大学へと続く体系で、試験や推薦で入学が許可されます。このような体系では、最終的には有名な大学を頂点に、そこへの入学、卒業を目指した教育内容が主流となっています。そして、発展途上国では、まだまだ全員が公平に幼年教育も満足に受けられないような所もあります。つまり、このような偏った教育内容では、人類が長い歴史の中で培ってきた本当に人間が幸せをつかむ為に必要な多くの知識、理解、考え方を新しく生まれて来る人類へ上手く伝えることが出来ていません。例え大学を卒業したとしても、多くの人間が共生し、幸せな人生を送る為の必要な知識が備わっていない人を多数輩出するような現実となっているのです。

 このような世界の教育の現実から、子供達に本当に人間が修得すべき内容が教えられていないと私は思っています。これこそ、人類にとって、多くの災禍を生むことの最も底辺に横たわっている核心的な問題なのです。

 人類の長い営みを知れば知るほど、人類を平和に導くべき教訓が多数存在していることに気付くと思います。それを分かり易く、理論立てて整理していくと、何が社会の平穏、そして個人の幸せの障害になって来たかを理解出来るようになります。

 残念ながら、個人でそのことに気が付くには、多くの歴史、科学、心理学、文学、哲学、経済学などを包括的に見ていかなければなりません。個々人でそれを達成するには、人間の寿命は短く、非常に非効率的であります。

 だから、それらを多くの客観的な視点を持った人達が教育の内容として体系化し、実践していくことが必要なのです。そして、それらが、多くの子供達、青年達に浸透するようになれば、社会全体の成熟度が飛躍的に向上するのです。それにより、本当の民主主義、自由主義が成り立っていくと思います。

 このブログで何度も述べて来ましたように、ほとんどの人間は平和、平穏を願っているのですが、飢えたり、生活が苦しくなれば、独裁者、権力者の甘い言葉に騙されてしまい、国籍、民族、宗教、主義などで括られて、味方と敵という括りに縛られ、物事を考えるようになり、敵を倒さないと、生活が成り立たない、幸せになれないと思いこむようになります。そして、権力者をリーダーとして崇めるようになり、彼個人の裏に隠された欲望の達成の為に、敵とした相手を嫌悪し、攻撃するようになります。そして、それが戦争に拡大して行くと、最前線で殺し合いをするのは普通の民衆なのです。戦争まで行かない場合でも、多数の民衆が過酷な労働などをさせられ、その成果物、生産物を権力者達に搾取されるようになるのです。もっと巧妙なところでは、現在の資本主義経済の中でも、権力者と組んだ資本家達が権力者達に権力者の地位を守るように努めたり、富を献上したりする引き換えに、自分達の富を拡大していき、そのことで、一般庶民との格差を拡大していくのです。

 今の世界には、そのような姿があちこちに見られるのです。古代から、姿は変わってはいますが、一部の権力者とその取り巻き、そこに取り入る富裕層達と、多くの虐げられ、搾取される一般民衆の二極化が続いているのです。

 だからこそ、多くの一般民衆がこのことに気付き、数の力で、権力や富の力に対抗していかなければならないのです。そして、どうすれば気付けるのかと言うと、子供の頃から、このような現実への理解も含めた、庶民の為の教育が為されることだと思うのです。力の無い一般民衆は個々の行動ではとても権力に対抗出来ませんが、多くの人達が立ち上がれば、世界は変わるのです。権力者、富裕層も、一般民衆がいなければ何も得られないし、出来ないのです。

 それなのに、受験に多くの労力をかけることを教育と勘違いしている親達が世界に多く存在する現実を見ると、悲しくなります。権力側の意図は、権力者や富裕層が搾取したいと考えているいろいろな産物を生むことに長けた人材や権力者が都合よく使える人材を作ることなのですが、そのような意図も知らずにそのような教育を受けることで幸せになれると勘違いしているのです。本当の幸せはそのような教育が教えてくれることではないのです。

 本当の教育は、人類が共存し、平和で豊かで充実した生活を出来るようになる為の長い年月を経てつかんだ知恵を生まれて来た子供達に授けることなのです。決して権力者や一部の特権階級の人間が自分の欲望を達成するに必要な人材を作る為のものとは違うのです。

投稿者

弱虫語り部

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