先日、東日本大震災から14年が経過しました。未だに、千人以上の行方不明者があり、避難生活を強いられている人も一万人以上と、簡単には傷が癒えるとは思えません。
特に、原発事故の後遺症が全く癒えないで続いています。福島第一原発の廃炉に向けての作業もなかなか進展せず、原発周辺の汚染地域の回復もままならず、この地に住まれていた人達の悲哀は収まらずに続いています。除染処理などで出た放射能汚染土の最終処理地は法律で福島県以外と決められたのですが、具体的にどこで実行するかは、全く決まっていません。
これだけ長く続く、甚大な被害に対して、誰が責任を持って進めようとしているのかも曖昧に見えています。
大地震は天災ではありますが、原発事故は全くの人災とはっきりしていますのに、政府も東京電力もきちんと責任をとって、被害者第一の対応をしているとは思えません。
一事が万事です。まさに、この事故の原因となったのは、電源設備が津波で水没し、電気の供給が停まったことにより、原子炉への冷却用給水がストップして、原子炉燃料が暴走したことですが、震災前にも実務部隊の技術者から、電源設備の高台への移設が提案されていたにも関わらず、東京電力の経営者達は、政府が想定している津波高さであれば、電源設備が水没することは無いと何も対応して来なかったことが大きな問題であると思います。しかし、東電の経営者達は、政府の示す基準に従ったので、自分達は間違った訳ではないとのスタンスで言い逃れているように思います。一方、政府としては、日本の最高の専門家の推定で想定する津波の高さを決めたので、これは出来得る限りの最新技術からしても予見出来なかったことだったと責任を回避しているような感じがします。誰も責任をとらないのです。こんなことで、被害にあった福島県の人達はどこにその怒りを持っていけばいいのでしょうか。
原子力発電は二酸化炭素の排出も無く、効率良く電気を生み出す優れた技術である一方、もし制御出来ずに核分裂反応が暴走したら、多大な被害を生む非常に危険な技術でもあります。この根本的な理解を前提にしたら、このような対応が出来ないと思うのです。まず、地震など地学の専門家は、自分達の予測技術の未熟さをしっかりと認識すべきで、それであるから、津波の高さの想定も大幅な安全係数をかけるべきと主張すべきです。そして、専門家の意見を取りまとめる官僚も、特にその想定が狂った場合のこともリスクとして考え、二重、三重の対策をすることを電力会社に指示すべきと思います。政治家も官僚の意見を鵜呑みにすることなく、広くリスクマネージメントを考えるべきだと思います。また東電の経営者も、技術者の声を尊重し、もし津波高さの想定が違った場合の対策を打つように決めなければならなかったと思います。
もしも、専門家、官僚、政治家、東電の経営者の内の誰かが、被害の甚大な大きさを考えて、幾重もの対応策を講じていれば、この事故は起きなかったのです。
目の前の経済的な観点も重要ですが、一旦起きれば、どれだけ巨大な被害が出るかということとのバランスを考えた本当に事故は絶対起こさないという意志と責任感を持つことが今回のように国民に大きな影響を与える施策では必要なのです。
このようなことも出来ない、学者、官僚、政治家、経営者が存在する限り、危険な技術を取り扱うべきではないのかもしれません。否、人間の叡智を結集すれば、出来ると思います。残念なのは、それが出来る人材を適切に配置出来ていない日本の現状が問題なのです。本来、無責任な人間は排除すべきですが、今の議員の選挙制度、官僚、経営者、学者の人事制度、日本の教育制度では、それが難しいのです。