旧統一教会に解散命令がくだされました。教会側は控訴するようですが、解散命令はオウム真理教を含め三例目だそうです。
旧統一教会が日本の信者から集めた金は、毎年、年間400億円にものぼるそうです。故安倍元首相が暗殺されて、統一教会の問題に再び注目が集まってからは、韓国の本部への出金は制限されているようです。信者が韓国へ渡航する際に、正規の制限内のお金を持ち出してはいると思いますが以前よりはかなり減少したかもしれません。その為、日本国内の教会には莫大なお金が蓄積していて、一千億円以上と推定されているようです。これからのポイントは、そのお金を被害者へどれだけ返金されるかだそうです。
宗教というものは、理不尽で不条理なことが多い世の中にあって、人間が救いを求め、彼らの苦しみを少しでも和らげる為にあると思います。それなのに、一部の人間の欲望が介入すると、大金が動くことになっていくのでしょう。心を救うという表向きの目的があっても、実はその人間の弱い心につけこんで、お金を搾取していくという形がとられていくのです。今回の旧統一教会の場合も、汚れたお金を教会に差し出すことで、心が救われるというような金集めのシステムが出来上がり、多くの信者を作ることが出来れば、これだけ多くの金が動くのです。
本来であれば、そのお金で、社会の弱者である貧困や健康被害のある人達に支援すれば、この社会も少しは良くなると思うのですが、どういう訳か、一部の人間達の豪勢な生活に使われたり、あまりにも豪華な宗教的な建造物などに湯水のようにお金が消費されていくことが多いのです。
しかし、宗教側の社会一般の弱者への支援をしない理屈は、信者ではない人間を救う必要は無い、信仰心が無いからそのような酷い人生を送ることになるのだと主張しているのです。
冷静に彼らの言動や行動をたどれば、手前勝手で独善的な内容が見られるのですが、残念ながら、洗脳された信者には分からないのです。
長い歴史の中で、続いて来た宗教では、救いを求める者は誰でも救うというような博愛精神が見られましたが、近代に起こった新興宗教の多くは、救いの見返りに信者から多額のお金を集めるタイプのものが多いのです。しかし、そのようなお金が信仰心の強さと比例するような教えはかなり怪しいと考えた方がいいと思います。神はお金などと言う世俗的な人間にしか通用しないものを欲する訳はありません。お金や富を欲するのは、神を語った生身の人間でしかないのです。