安倍元総理の国葬儀が終わりました。世論は反対が賛成の二倍もありましたが、結局、岸田総理は「聞く耳を持たず」に決行されました。当日も反対の抗議集会などが各地で実施された一方、国葬への一般献花に長い列が出来ました。若い層も含めいろいろな年代の人が日本武道館を訪れていました。
いろいろな意見や考えを持った人が存在するのは当然だと思いますが、内閣が独断で国葬を決定してしまった為、議論の争点が嚙み合わないままにこの日を迎えたことが残念でした。少なくとも国会で議論されていれば、どのような点で、国葬に賛成しているのか、反対しているのかの争点が明らかになり、国民もきちんと賛否を判断できたのではないでしょうか。
日本と言う国には、きちんとした議論を経て、最適解を導くという、民主主義の正当な方法論がまだまだ根付いていません。これは、国会や県議会、市町村議会で、議員達がきちんと議論を戦わせて議事を進めて来なかったツケなのです。大体が、党、会派毎に、議事につき賛否が決められていて、質疑応答はいつも消化不良のまま時間切れ、もしくは時間が切られて、最終的には投票により多数派の案が採択されてしまうのです。
本来の民主主義では、議案にたいする真剣な議論の行く末を見届けた議員が単純な党、会派という枠組みを超えて、議員自身の判断で賛否を決めるのが正しいスタイルなのですが、そんなことをすれば、党から追放されかねないので、なかなか個人の意見で投票することはありません(全然無かった分けではありませんが、少ないのです)。こういう状況ですから、真剣に議論することが無駄になって、その為に御座なりの議論となる傾向になるのです。
いわんや、今回の国葬決定につきましては、国会と言う場で議論もされなかったのですから、国民が分断するような状態になるのも仕方ないことなのです。
国葬と言うのですから、本来は多くの国民の意思で決められて然るべきですし、国民の世論を背景にした国会での議論を経て決められていれば、このような後味の悪い葬儀にならなかったと思います。そう言う意味で、故人や遺族の方々もあまり居心地が良くなかったのではないでしょうか。