厚生労働省から、日本における100歳以上の高齢者の統計が発表されました。100歳以上は90,526人で、内女性が80,161人で約9割を占めています。1963年には153人しかおられなかったのが、1998年に1万人を超え、その後も年々増えて来ました。このことは手放しに喜べることなのでしょうか。
以前のブログで、老いても幸せを感じられる生き方はあることを述べていますが、ただ単に長生きすることが幸せだとは言っていません。高齢になればなるほど、体力的にも、脳の働きにしても衰えて来るのは自然の摂理なのですが、出来れば、その年齢に応じた心身ともの健康状態を保てているかが重要だと思います。
最近、健康寿命ということが注目されています。例え、生命維持装置につながれていたとしても、寿命があるとしてカウントされるので、単なる寿命の数字が人間の尊厳を保たれた状態を反映しているとは言えないからなのです。それに対して、ある程度自立した状態を健康寿命としているようです。つまり、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を健康寿命として定義しています。2019年のデータでは、男性は72.68歳、女性は75.38歳でしかありません。政府は人生100年時代と謳っていまして、それをベースにして、資産運用などを推奨していますが、それは人間の幸せを前提にした話ではなく、寿命が長いのだから、それを支える為にと言う理屈で、高齢者の保有する貯蓄を投資に回すように促して、金融市場の活性化を狙ったキャンペーンでしかないのではないのでしょうか。
政府が本当に取り組むべきことは、健康寿命をいかにして伸ばすかということ、一人一人の高齢者に出来れば幸せな終焉をどう迎えさせるかということだと思います。誰も、植物状態でもいいからとか、呆けて正常な判断が出来なくなってもいいから、一日でも長く行きたいとは思っていません。このような人間の尊厳について、もっと議論しなくてはならないと思います。非常に難しい問題ですが、幸福な一生を閉じることを「幸せ寿命」として考えるのならば、避けては通れない問題なのです。