岸田政権の提唱している国民の所得増加の方針はもちろん皆さん歓迎だと思います。具体的には、賃上げした企業を優遇するという政策が出されています。それも悪いことではないと思いますが、本当に一般の層の給料が増えるのか、疑問視されているむきもあります。日本の賃金が増えないという背景には、欧米や中国に比べても、この20年、日本のGDPの伸び悩みがあります。日本の企業は、国際競争に晒され、とことんコストカットすることで何とか生き残っています。特に、製造現場での生産性は非常に高められています。にもかかわらず、国際競争力が上昇しないのは、最近論じられているように、ホワイトカラーの生産性の低さにあると思います。このことに気付いた一部の企業はそこにメスを入れ、高い競争力を有するようになっていますが、ほとんどの企業は非生産的なことに未だに労力を割いています。そういう企業では、一番の元凶は、トップが気付いていないということです。サラリーマンの陥りやすいことは、自分の人事権、評価を握っている上司の方を向いて仕事をし、本来の会社の成果にどうつなげるかという観点を忘れてしまうことです。例えば、役員が役員会、経営会議などで、自身の担当業務に関して説明するとなると、部下に命じて、誰からも付け込まれないように資料をその一字一句まで気を使って作成させます。また、想定問答を準備し、どう答えるかも用意します。直属の部下である部長層は、自分の部下に仕事を下して、完全な資料の準備をします。この内向きな仕事に多くの労力をかけます。その労力を自社の製品やサービスをどう売るか、どう利益を出すかと言うところにかければ、どれだけ生産性があがるのかということを置き去りにして、上司の為の仕事に邁進するのです。これがほんの一例ですが、個人のため、部門のためという仕事が増えれば、増えるほど、本来の企業の収益を圧迫するということに気付いていないようです。この構図、どこかでも見たことありますね。そうです、政府、官僚の仕事の仕方がそうです。大臣は、自身の不勉強を補うために、官僚に膨大な仕事をさせていますし、その官僚も、自分の省庁のための仕事に翻弄されています。
日本は現場が強いと言われ続けて来ました。例えば、モノづくりの現場では 、製品の品質、コストという明確な指標があり、その数字をどう上げるかということに多くの創意工夫、努力が為されて、成果を出していけるのです。一方、事務方の仕事には、定量的な物差しがあまりありません。そうなると、本来の大きな目的を忘れて、目先の自身の昇進、保身などのための仕事が優先してしまうのです。そういう状況にならないように、政府なり、企業なりのトップ、幹部は心を配り、自身への配慮、忖度などの仕事をどう減らさせるかに腐心しないといけないのです。例えば、大臣が、担当の官僚に「国会答弁の対策などいらない、自分が矢面に立ち、自分で勉強して信念をもって答弁するから心配するな、君たちは国民の為に何を為すべきかに心を配り、的確な政策を立案してくれ」と言えるくらいの人物が本来の大臣なのです。例えば、社長が「業務の結果を正当化するために、会議で説明したり、言い訳する必要はない、結果を踏まえて、これからどうするかを考えろ、部下を自分の保身の為に使うな、会社全体の利益に直接つながる仕事をさせてくれ。」と明確に指示すべきです。その方針が、組織の末端まで伝われば、素晴らしい組織になる筈です。
話は少し横道に逸れましたが、言いたいことは、日本人のトップ層と言われる人達が、やり方を変えれば、生産性がまだまだ向上する余地があるということです。この部分の生産性が上がれば、国際競争力も上がり、自ずと収益も増え、給与を大幅に上げることも可能なのです。自分の高給には目をつぶり、本来のトップの仕事も出来ないで「労働者の賃金を上げれば会社の屋台骨を揺るがすことになるので、賃上げは軽々には出来ない」などと言う経営者を排除することで、日本企業はまだまだ賃金を上げることができるのです。もちろん、企業の価値を高めるという本質的な目的を、全社員ひとりひとりの仕事の仕方にリンクしていくこと、それをどう先導していくかと言うことが、トップの役割です。
そこで、企業においても、そのトップをどう選ぶのかが問われる訳ですが、そのことはまたの機会に述べたいと思います。