岸田総理が打ち出した「異次元の少子化対策」について議論が進んでいます。しかし中身は児童手当や幼児保育サービスの拡充、育児休業強化及びそれをやり易くする働き方改革を論点にしています。これらの対策を議論する前に、政府は本当に国民が子供を作らない原因をしっかりと把握しているのでしょうか。人が子供を作り、育てようとするのは、何の為でしょうか。生物学的には、自分の遺伝子を残すことは本能としてあります。しかし、人間は本能に縛られずに、知的に考えて行動するようになっています。自分の人生をどう生きるかの問題と重なっているのです。今、政府の対策を見ますと、子育てを取り巻く環境が整備されれば問題が解決すると考えているように見受けられますが、そんな単純な問題でしょうか。確かに、子供は欲しいが、経済的に余裕のないひとや、共働きで時間的余裕のないひともおられることは事実ですが、それ以外の理由で、結婚しない、子供を作らないといった人も多くおられるように思います。
人の一生が、仕事を持ち、結婚し、子供を作り家庭を築き、次代に引き継ぐというような典型的な人生観に支配されていたひと昔前に比べ、これだけいろいろな情報が飛び交い、多様な生き方を許容される社会になっている事実を前提に考えていかなければならないと思います。つまり、子供は政府が道を作ってやるから作るようなことでは決してないのです。お金があるから、補助があるから、子供でも作ろうかと言うのは、子供の人格、人権を何と考えているのでしょうか。そのような安易な考えで子供を作るような人は、子供を虐待したり、育児放棄に陥る危険性があるのではないでしょうか。あまり良い例ではありませんが、ペットでも持つようなノリで、子供を作るべきではありません。(いや、ペットだって命のある存在なのですから、一度家族に迎い入れれば、最後まで面倒を見る覚悟が必要ですが、簡単に放棄してしまう人がいるのも現実です。)
私が言いたいのは、政府はあくまで年金問題、経済成長の対策としてしか少子化問題を考えていないと言うことです。権力者、富裕層は、庶民から搾取することで豊かな生活を享受しているのが真実ですので、搾取すべき国民、民衆の数が減少することは、今の彼らに都合の良い社会構造を維持する為には非常にマイナスだからなのです。もし、このような現状維持、既得権益の死守にこだわらなければ、少子化対策をせずとも、年金も経済の問題も解決する別の方策は存在すると思います。
つまり、人々が自分自身の感じ方に従って幸福感を得られる生き方が可能な環境を作れれば、そのときに生きている国民の数で生み出せる富を、うまく分配すればいいのです。一部の権力者、富裕層が法外な富を独占したいとするから、人口減少が問題になるだけなのです。富を奪い合い、一部の人達が独占するから、問題が起きるのであって、みんなで助け合いの関係を構築し、ある程度偏らないように富を分配することが重要なのです。