トルコ、シリアを襲った大地震の被害者は四万人を超えました。人類は地球の王、生物界の王として君臨していると勘違いして、これまでに数多くの暴挙を為して来ました。しかし、その人間の力は、自然の力にはまだまだ抗えないことを再確認させてくれたと思います。
 
 全世界から救助隊が派遣されて、懸命な捜索が繰り広げられましたが、まだまだ限定的で、多くの不明者が瓦礫の下に取り残されている現状です。特にシリアの反政府組織が支配する地域には、シリア政府の支援も無く、さらに悲惨な状況だと報じられていました。

 このような自然の大きな力に対抗するのに、国境も、主義も、思想も関係ないほどだという事が明らかであると思います。そのようなちっぽけな存在なのです、人間は。それなのに、我が物顔に、争い、破壊し、殺戮を繰り返すことの愚かさを今こそ気付くべきだと思います。

 人間の愚かさは、被災にあった店や家に窃盗に入る人がいることからも分かります。このような悲惨な状況にこそ、それぞれの人の本性が現れるのです。人間の弱みに付け込む人がいる一方、私財を投げうって被害者を支援したり、昼夜を問わずに救出活動を続ける人もいるのが人間なのです。このような非常事態の行動を記録出来れば、政治家を選択するのにはいい機会かもしれませんが、残念ながら、国民にそのような余裕が無いのも現実です。

 いずれにせよ、今後も自然災害が続いていくのですから、そして、それが起こるとどれだけ多くの人命が失われ、多くの人達の生活が壊されてしまうのですから、我々はそのときに備えて、人間と言う弱い者同士で助け合いの関係を築いていく必要があります。そのような精神があれば、人間同士で争っている暇などないのです。人間は謙虚に自身がちっぽけな存在であることを認め、弱い者同士手を携えて、自然の驚異に備えなければなりません。それが不十分であるから、今回のように被害が拡がってしまうのです。戦争なんてしている暇があるのなら、自然の驚異に備えて、如何にお互い、助け合って、準備するかに集中しなくてはなりません。

 権力者が国民を豊かにしますと言って、軍事力の増強に力を入れているのは、自然の力を理解していない、自分自身を神格化して、何でも自分の力で成し遂げられると言う錯覚をしているからなのです。昔は自然への畏敬の念を大事にしていましたが、いつの間にか自分自身や人類を過大評価してしまう愚かな人間が増えて、そのような者は、むろん自分以外の人間の命や生活など軽視しているのです。だからこそ軍事力に頼る権力者は国民を幸せにしようとする人間では無いことは間違いありません。自然への謙虚さ、それは他の生物に対してもそうですし、もちろん、他の人間に対しても表すべき最も重要なことなのです。それが地球環境を大事にし、人間を大事にする基本的考え方なのです。
 
 ちっぽけな人間の力だからこそ、助け合って、共生していくことでしか、幸せになれないのです。