岸田首相が和歌山県での選挙応援時に狙われた事件の犯人の情報が少しづつ報道されています。犯人は政治に関心が高く、議員に立候補したいとも考えていましたが、年齢制限で立候補できなかったことに対して、違憲であると裁判に訴えていたようです。それまでの行動には違法性は無く、そのような活動を進めていればよかったのですが、どこから暴力に訴えようと路線変更したのでしょうか。
彼は、現在の選挙制度では、議員の二世、三世など特定の条件を持った人が有利に議員になれ、一般の人が議員になるのは非常に難しいことだと批判していました。この考え方自体は、私はその通りと思うのですが、そうだからと言って、暴力で世の中を変えようとすることは、彼自身も主張する民主主義的な考え方を否定する本末転倒で、決して許されないことなのです。同じように、安倍元総理殺害犯人の言い分も理解できることもありますが、とった行動は力で異なる考えを持った人をねじ伏せようとするもので、やはり理解できるものではありません。政府などのやり方を変えたいと思っても、一般の人間がそう容易く成し遂げられないと言う事情は分かりますが、暴力で対抗すると言うような短絡的な考え方、行動では、本質的に弱者を救うことなどできる筈はありません。このような事を認めてしまえば、結局は力で捻じ伏せることが当たり前の社会になってしまうからです。そのようなことを理解せずに、目の前の状況だけで、短絡的な答えを出して、行動することは決して社会の為にもなりませんし、自分自身の為にもならないのです。
今後、このような若者を生まない為には、政府が本気でいろいろな改革を実行して行かなければなりません。やはり、ポイントは如何に既得権益を排除し、人間が生まれたときに、差がつかないような環境を作り、公平なチャンスをすべての人に与える社会に変えることです。後は、人それぞれの頑張り、努力で差がつくのは自由主義社会としては許容したいと思います。但し、現在のような極端な差がつかないように、法的に規制することは必要だと思います。いつかも述べましたように、成果は努力や能力だけで決まるものでは無く、運の要素もあるからです。努力しても、成果が出ないことだってあるのです。そのような人も救済したり、再チャレンジ出来る社会にしなくてはならないからです。