中古自動車売買大手のビッグモーターで、常習的に故意に車体を傷つけたりして、修理代や保険金を騙し取っていた不正が発覚しました。社長は会見で、経営責任を果たす為、社長を辞任すると発表しました。しかし、本件については、経営陣は全く関与していない、特別調査委員会の報告で初めて知った、晴天の霹靂であると、知らぬ立場を強調していました。
もし本当に知らなかったとしても、多くの従業員がこのような不正行為に走ったことに対する経営からの圧力は間違いないと思います。最前線でビジネスに関与している従業員は、経営の方針、目標、ノルマによって、今回のような行動に走ったものだと思います。誰も好き好んで不正をしたいと思う訳はありません。
ビッグモーターも、創業者である社長の独裁的な経営で進めて来た会社であるそうです。社長の思想を受け入れなければ首になることもあり、「環境設備点検」と言った社長の息子の副社長らが店舗を視察して回り、不備があれば、その場で首を言い渡されることもあるそうです。これらを見ていますと、北朝鮮の現状を思い出しました。
国と私企業とレベルは違いますが、独裁体制で見られる状況としては、根底は同じような気がします。
独裁体制が築かれますと、独裁者の周りはイエスマンばかりになってしまいます。独裁者を批判したりする者は排除されるからです。
ビッグモーターをここまでの規模に成長させたのはこの社長の貢献があったのは間違いないと思いますが、そうだからと言ってその社長が全能の神のような存在になるのは非常に危険です。どんなに優秀な人間であろうとも、すべて正しいことをする訳はありません。間違った判断をすることがあるのは当然です。本来の組織は、そのようなことを前提に、いくら社長であってもすべて独断で判断したり、進めたり出来ないようなチェック機能を働かせることが必要で、経営執行と経営層をチェックする機能を独立させることが現代の会社のスタイルになっています。しかし残念ながら、そのような自制機能を形骸化している会社もまだまだ存在しているのが現実だと思います。
リーダーとして、進めて来たことが成功を重ねて行きますと、その組織は拡大して行き、権力も増大して行きます。そうなると、自分のやることがすべて正しいのだと勘違いする人間が生まれます。それが独裁者の誕生です。人間の歴史を見て行きますと、世界のあらゆる地域で、独裁者が生まれています。また細かい所を見ますと、企業や団体などでも同じような独裁者が生まれて来るのです。そして、独裁的な統治が行き着く末路は、腐敗、不正、不公平などが蔓延(はびこ)る、理不尽極まりない状態なのです。
ビッグモーター社長の会見のニュースから、これだけの犯罪、不正を生んだのは、部下達、従業員のせいであるとし、自分はそれに気付かなかったことに驚いている姿に、そして、まだ自分自身が彼らをそのような不正に駆り立てた根本的な原因であることにあまりピンときていない姿に、独裁者たる人間の限界と恐ろしさを強く感じました。