イスラエルで、パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム教組織ハマスがロケット弾を発射しイスラエル側に武装勢力を侵入させるなどの大規模な攻撃をしたのに対し、イスラエルは空爆などの報復作戦を実行しました。これにより、両者に多数の死傷者が出ている模様で、さらに事態が悪化していく懸念があります。
長い歴史の中に、この地区での宗教、民族間の紛争の歴史が刻まれていますが、第二次世界大戦後、ユダヤ人がイスラエルの建国を果たした後、ユダヤ人とパレスチナ人や周辺のアラブ国家間との戦争が幾度も繰り返されました。しかし、1993年のオスロ合意により、イスラエルとパレスチナの和平にかなりの進展がありましたが、過激派ハマスなどにより今日に至るまでテロ行為が繰り返され、その度にイスラエルの報復攻撃が続いていました。
イスラエルは高度な技術を保有し、GDPも高く、先進国と同等のある程度裕福な社会を築いていますが、血で血を洗う紛争が途切れることはありません。テロによる一般国民の犠牲も多大なもので、いつになったら本当に平和な社会が訪れるか分からない、常にテロの不安に怯えていかなければならない砂上の楼閣でしかないとも言えます。つまり、一見裕福に見えても本質的に幸せになれない社会なのだと思います。
人間同士は奪い合いを繰り返すと、誰も幸せになれない不安、恐怖の時を過ごさざるを得ないことになるのが明白だと思えるのですが、この報復の応酬をどこかで断ち切らなければ、このままの状態から抜け出すのは無理なのです。多分、多くの人民がそのことに気が付いていると思いますが、お互いの主張を繰り返していては、どうにもならないのです。この地から生まれたキリスト教の教えにも奪い合うより譲り合うことを説いていたように思うのですが、それが唯一の解決策だと思います。確かに双方とも相手に身内を殺された恨みは簡単には忘れられないのも人間のサガとは思いますが、これから生まれて来る命に、殺し合いの世界を経験させたくないと言う考え方に立つことが必要だと思います。つまり、過去ではなく未来を見ることです。
私は、いつも主張していますように、人間を民族や宗教で一括りにして、お互い認め合わないような関係は大変不幸なものなのです。それぞれいろいろな考え方を持つのは致し方ないと思うのですが、それを一番だと、唯一のものと考えることが間違っていると思うのです。それぞれの主義主張などを認め合い、両者が協調して生きて行くことを目指すこと、お互いが平穏に暮らせることを目的とした行動をとることに努めるべきなのです。そして、一般民衆をメインに考えればそれは必ず実現可能なのです。この譲り合う協調的関係を阻害しようとするのは、唯一権力者と富を独占して来た富裕層なのです。彼らが自分達の権力と富を守る為、自分達の欲望を叶えたい為に、対立構造と言うものを作り出し、力で奪うと言うことを正当化したいと考えているのです。
我々、庶民は、歴史的に繰り返されて来たこの陰謀を忘れてはいけません。それに決して騙されてはいけないのです。