今年から始まる新NISAに多くの国民、証券会社などの関心が集まっています。私の周りにも、新NISAに入らないと取り残されるのではと心配する比較的若い世代の人の声が聞こえて来ます。

 もともとNISAが始まった経緯は、日本の株式市場に眠っている個人資産を投入させ、株価を押し上げようとする狙いと、老後の資金形成を促す狙いがありました。前者の狙いであれば、タンス貯金、銀行貯金を保有しているある程度の富裕層、高齢者層がターゲットになる訳ですが、後者の狙いには、まだ貯蓄が少ない比較的若い一般現役層がターゲットとなります。

 前者は、もう既に資産を保有しているが、あまり投資に興味がなかった層を対象としていますので、余力からの投資として、リスクはそれほどではありません。しかし、標準的な現役世代は、住宅ローンや子息の教育費を抱え、余裕があまり無いところからの出費となり、さらなる生活への圧迫の懸念があります。しかし、今の年金事情に将来の不安も抱えていることから、少しでも老後の生活の為に資産を増やしたいという切実な悩みも多く、ここに付け込んだ政策と言わざるを得ません。

 本来、政府は年金財政を長期的に捉え、先手、先手といろいろな政策を展開しておかなければならなかった訳ですが、実際は、状況の変化に後手後手としか政策を打ち出せずに、今日に至ってしまっています。バブル時代にはその危うい景気感にも関わらず、将来もそのような景気が続くとでも勘違いしたように、徴収した年金資産を、グリーンピア構想と言うような箱物政策に湯水のように無謀に投資して、多くのお金を失わせてしまったりしていました(国民の貴重な年金積立のお金をこのようないい加減な投資で無にしてしまったことに対して、誰も責任をとっていないことで、政治家、役人の本当の心根が露見した事件でした)。もちろん、この問題は、ひとつの象徴的な分かり易い例でしかなく、本筋である、労働人口減少、高齢者増加を想定した年金システムの設計見直しを早い段階で実行してこなかったことが一番の問題だと思います。

 いろいろな失策を経て、今日の年金事情があるのです。ここまで来てしまっては、将来の年金額を減じることが必然となり、さもそれは政治、行政の責任ではないかのように、国民に対して、年金だけで老後の生活に足りない分は自己責任で資産形成しなさいと言っているのです。それを言っている政治家等は特別な年金で老後は安泰であり、本当に許せない行状でしかありません。まずは、そのような状況にしてしまった政治家達は率先して、身銭を切り、つまり、高給を返納し、年金も辞退するのが筋だと思います。国民に痛みを強いるには、まず自分自身が痛みを受けるべきだと思います。野党も含め、このようなことを明確に発信したような政治家はどれだけいたのでしょうか。私の知る限り誰もいないように思います。だから、彼らは自分可愛さの為に政治家をしているのが明らかなのです。国民の為に仕事をすると言う責任を持ち、有効なアイディアを出し、実行できるような人材はこの日本にいないのでしょうか。いや、多くはないが、存在していると思います。問題は、そのような人材を選べる選挙システムが無いのです。このブログでは、度々どのような選挙システムでないといけないかを述べていますので、関心ある方は、是非、過去のブログにも目を通してください。