戦後、沖縄には、公衆衛生看護婦という制度がありました。その背景には、沖縄は戦禍にまみれた地域であり、過酷な衛生状態で、感染症が蔓延し、栄養不足も相まって多くの死者が出ていたこと、多くの離島が存在し、医師不足であったことで、離島に駐在し、島民の健康管理、看護などが必要であり、志願した看護婦に特別な教育を実施して、公衆衛生看護婦に任命し、派遣したそうです。
彼女達は、感染の危険もかえりみず結核などの感染症に立ち向かって撲滅させたり、幼い我が子を肺炎で亡くしても、困った患者達の為に勇敢に職務を続けたり、その献身的な姿勢に、島民の信頼を得て、島の医療、衛生などの面で、大きな功績を残したそうです。後日、派遣された医師も、自身の生活を投げうって、献身的に島民に尽くした彼女達の姿に驚きと畏敬の念を表していたのでした。
先日のブログで、非行に走る少年少女達に、無償で食事を提供し、同時にいろいろと相談にのって、支え続けたばっちゃんと呼ばれた高齢女性の話を書きましたが、この社会には、他人の為に自己を犠牲にしても自分の人生を捧げるような人がおられるのを再認識しました。
私にはとても真似出来ないと思いますが、私の経験ではそのような人達は、このブログで述べていますAEタイプ(3. 「非常におおまかだが、本質的なひとの分類」を参照ください)の人なのだと思いました。これらの人達に共通しますのは、自分のことより、困っている人達に貢献することを優先していることです。まさしく、公僕に求められる資質なのです。公僕を代表する政治家、特に今の政治家に、そのような人がどれだけおられるでしょうか。どう考えても、国民、市民の為よりも、自分の欲望を優先する人達が、今の政治の世界を占めているとしか感じられません。
今の政治家は議員の高待遇が目的の人が多過ぎます。一方、前述した女性達はその報酬や待遇などではなく、困った人達を助けるという志からその職業に就いているのです。だから、彼女達は、議員は報酬が高いから、いろいろな特権があるからと言うことで、議員になりたいなどとは全然思わないのです。それだから、彼女達のような公僕に適した人間を押しのけて、議員になる人が多く出てしまったのです。
日本の国会議員の報酬は、使途不明の文通費も含めると国民の平均年収の八倍以上になりますが、スイスでは、議員の年収は国民の平均年収の半分です。どれだけ日本の議員が高待遇であるか分かると思います。AEタイプの人達を議員にするには、まず、議員の待遇を変えないといけないと思うのです。