大型で強い台風が九州に上陸しました。その影響もあり、日本のあちこちで豪雨に見舞われています。台風が強いのは、日本近海の海水温が高いことも関係しています。そして、海水温が高いのは、暖流黒潮の流域がかつては南方から日本に沿って北上し、房総半島に到達するルートでしたが、最近は蛇行しながら、房総半島以北の海域まで伸びていることも影響しているようです。日本近海の海水温が高くなったことで、本来沖縄以南に棲息していた熱帯魚が本州近辺でも観測されているのです。という事は、各々の海域でこれまで多く獲れていた魚種の漁獲量が激変しているのです。漁業関係者はターゲットとする魚に合わせて漁法を決めていましたのが、それでは、不漁が続いてしまうことになってしまいます。

 これは農業の世界でも同じで、例えば米どころの東北などの本州北部では、低温に強い品種を開発し栽培して来たのですが、今度は比較的暑さに強い品種に切り替えることに迫られているのです。自然を相手にする農業、漁業、林業、酪農業などは温暖化などの気候変動への対応が迫られているのです。海水温が上昇することで、気温の変動だけでは無く、海水からの水分の供給が盛んになり、これまでになかったような降水量にも対応しなくてはいけません。我々の生活の至るところに大きな影響が及んでいるのです。

 生物の進化は地球環境変化への対応で為されて来ました。特に、簡単に移動出来ない植物では、その場の環境変化に対応出来るものが生き残り進化して来ました。一方、動物は、前述しました魚類の生息地が変わって来たように、生活し易い土地を求めて世界規模の移動も行われて来たのですが、それだけでは対応出来ない分は、やはり環境変化に適応出来る遺伝子を持ったものが、生き残って来たのです。人間だけは、生物的な対応だけでは無く、科学技術の発展によっても、適応を図って来た唯一の種と言えるかもしれません。

 地球規模の気候変動は長い地球の歴史では何度も繰り返されて来たことなのですが、人間の寿命の長さに比較して非常に穏やかだったと言えるかもしれません。それが21世紀に入り、かなり急激な変化に見舞われて来たと考える方がいいと思います。

 広範囲にあまりにも多く増殖して来た人類においては、このような世界規模の気候変動に個人や民間で対応するには限界があります。そういうときにこそ、政治の力が必要だと思います。非常に大まかに言いますと、政治に求められるのは、個人や民間ではとても対応出来ないことや、個人、民間単位では非常に効率悪いことに対応することだと思います。

 前者は今回の気候変動への対応のようなことですし、後者は例えば、年金や社会保険料の不足を補う為の資産運用などを例に上げたいと思います(現実は、国民個人に自己責任で資産を運用して老後資金などを作りなさいと、政府は無責任にも自分達の役割と責任を回避しています。投資のような専門的なことは仕事が忙しい個人個人が勉強して進めるより、政府が優秀な専門人材を集め、年金、税金資産を増やすことの方が可能性は高いと思うのですが)。気候変動への対策としては、各省庁や自治体が場当たり的にいろいろな検討を進めているとは思いますが、どれだけ効果が出るのか非常に不確定なものが多いと思います。一番問題なのは、政府として広い視野でこの問題をどう捉えて、明確な将来ビジョンを出さずに、その場その場での対応に追われているからではないでしょうか。将来ビジョンとは、今後の気候変動がどのように進むかを推定し、それに対応するには、どのようなところで国民の生活を落ち着かせるべきかを示す必要があると思います。例えば、気候そのものが亜熱帯化するのであれば、亜熱帯の生活スタイルに合わせた、個人のライフスタイルや産業構成を描き、そこへどのようにして到達させて行くかのアクションプランを作らないといけないと思います。それがあれば、今のような場当たり的な対応による非効率的で、税金をドブに捨てるようなことは少なくなるでしょう。

 これについては、またあらためて述べることとしまして、今回の主張したいことは、多くの問題を抱え、地球環境の変化や、多様化する国際情勢の変化が日々進んでいる状況に、対処療法的なやり方では、無駄にお金と時間を費やすことに終始してしまうので、日本という国をどのような国にするかという大局的なビジョンを描き、そこへ向けて具体的に引っ張っていける人物が日本のリーダーとして選ばれるべきだと言うことです。