中国深圳市で登校中の幼い日本人児童が刃物で刺され亡くなりました。未だ中国政府からこの犯罪の背景についての説明が為されていませんので、詳細は分かりませんが、殺された児童に何の落ち度も無かったのは間違い無いと思われます。
このような子供達を狙った事件は世界あちこちで起こっています。いみじくも、中国の広報官が哀悼の意を表しつつも、世界のどこでもあることだと、中国政府の責任は無いと暗に伝えていました。もしそうであったとしても、遺族の気持ちを鑑み、違う言い方があるのではと思わざるを得ません。どこの国であっても、弱者である子供が傷つけられることを犯人単独の責任とするのでは無く、社会全体で防ぐことが必要であり、その鍵は政府が握っているということを放棄してはいけないと思います。銃社会の欧米では、学校などで無差別に子供達が多く命を落としています。このような問題も、社会の状態が生み出しているのではないでしょうか。その背景を考えて、どうすればそのような凶行が無くなるのかを真剣に考えないといけません。どこの国の政治家も、責任逃ればかりを先行させるのでなく、深く踏み込んでどうすればそういうことを減らすことが出来るのか、防げるのかを考える必要があるのです。国民が安心して生活出来るようにすることは、政治の仕事なのです。
今の政治家はその原点を忘れて、己の保身に走るものが多数であります。今回の中国での事件でも、どこででも起こることだから仕方が無いと言われても、納得いく人がいるでしょうか。自分達官僚と権力者達自身を守ることが一番であって、子供の命など二の次であると言っていることが丸判りなのです。そんな国では、安心して子供も育てられないと言うことが子供を持つ親の偽らざる本音だと思います。
どこの国であっても、国民の上に立つものは、国民の安全、安心に対して真剣に取り組んでもらいたいと思うのが、当然の望みではないでしょうか。現在、そのように真剣に考えているリーダーや幹部のいる国はどこにあるのでしょうか。政治家や官僚の本音は今回のような事件への対応を見ればよくわかります。我々はそのような点を注視して行き、政治家達の真意を嗅ぎ取れるようにしなければなりません。選挙での出来もしない綺麗ごとなどではなく、ちょっとした言動に本音が隠れていることを逃さないで聞いていれば、彼らの本音が浮かび上がる筈です。今回のような弱者への対応で、人間性が垣間見れると思います。